スロバキアの国境での支援体制。3/3現在

ロシア侵攻から一週間

現在退避してきているウクライナの人々はほとんどがチェコ、スロバキア、ポーランドなどの中央ヨーロッパを含めるヨーロッパ各国在住の家族や知人を頼って国境を越えています。

父親または子供がウクライナ国外で働いていて、ウクライナに住む家族に仕送りをしている形が多いようです。
そのような人たちは国境を越えたら家族と再会できるでしょう。住む場所も確実にあります。

ウクライナ人男性は出国不可、家族は離散

ウクライナのゼレンスキー大統領が国民総動員令に署名したことにより、18~60歳のウクライナ人男性は出国が禁止されました。
そのため、国内にいる多くのウクライナ人男性が家族とともに退避できないでいるのです。

妻と子供に車を与え、国境を越えるように説得する夫、車で妻と子供を国境まで送り、自身は再び自宅へ戻る夫。

この総動員令により、家族が離れてばなれの選択をしなければならない人たちが大勢いるのが事実です。

長距離バスで中央ヨーロッパの都市へ

国境から長距離移動バスが毎日何本も出発しています。目的地はプラハ、オストラバ(チェコ)やウィーン(オーストリア)、ブラチスラバ、バンスカ・ビストリツァ(スロバキア)など中欧の都市。
退避してきた人たちに用意された宿泊施設に向かう人々がバスに乗り込みます。

この長距離バスは深夜から朝にかけて運行がなくなるようなので、深夜以降に国境を越えた人々は一時的に朝まで仮眠が取れるように消防により中は暖房のついた仮設テントが立てられていました。

国境のサポート体制も整ってきた

ウクライナの人々の退避が始まって一週間、ようやく国境でのスロバキアの支援活動の体制が整ってきました。

スロバキアの赤十字も到着!

3日前までは退避してきた人々の輸送システムが準備されておらず、ノートに名前や住所を書き殴って対応していましたが、パソコンが届き、電子システムを使って作業がスムーズに行えるようになっており、バスへの誘導も滞りなく行われています。

炊き出しのテント前にはベンチが設置されていました。

電子掲示板には以下の案内が書かれていました。
トイレ、仮設テントの矢印
無料Wi-fiあります
SIMカードの配布

4日前に様子を見に来たときはありませんでした。

国境に着いても2日かかるスロバキア入国

私たちは現在、家の空いてる部屋を退避してきた人々、または迎えにきた家族に一時的に滞在してもらうために提供しています。

我が家に滞在した人たちに話を聞くと、平均してウクライナの国境まで2~3日ほどかけて到着し、スロバキアに入国するためにはさらにまた2日かかったとのこと。

衛生用品が不足しています!

国境には様々なところから支援物資が届いています。食料や飲料、赤ちゃんのオムツ、衣類などは比較的足りているそうですが、衛生用品が不足気味だとのこと。

もし、お住まいの地域で支援物資を募っているのであれば、シャンプーやハンドクリーム、歯ブラシなどの衛生用品を送ってもらえると有難いです。

国外退避100万人

この一週間でウクライナから退避して国境を越えてポーランドやスロバキアに入国した人々は100万人を越えたそうです。

しかしこの数字、ウクライナ人だけではありません。
前のブログでも書きましたが、多くのアラブ系やアフリカ系の人たちもスロバキアに入国してきています。
そして奇妙なのが、彼らが「モロッコの学生」と名乗り、集団で来ていること。
彼らが(ウクライナを通って)どこから来たのか、彼らの国籍や身分などは全く分かりません。
恐らくスロバキアだけでも数千人単位で押し寄せているようです。

実際に国境で人々の様子を見ていて感じるのは、ウクライナ人たちは十分に寝ていない長旅の疲労とこれからの生活への不安から顔が強ばっています。
しかし、ウクライナ人ではない難民(上記のモロッコの学生と名乗る彼ら)はシェンゲン園に辿り着いて自由を得たからか、リラックスした表情にお互いに大声で話し合っているのです。

非常に奇妙な光景でした。


接してみて、ウクライナの人々たちはとても控えめな人が多い印象を受けました。
支援物資も多くを取ろうとせず、我先にというような態度を取るような人はいません。

アラブ系やアフリカ系の難民の人々の中には大きなビニール袋に大量の食料を詰めたり、炊きだしのスープに少し口をつけて道端に捨てたりしていました。

さらには寄付された古着の洋服を仮設のトイレで試着して、気に入らないと仮設トイレの床に捨てていくということをしているのです。排泄物で汚れた衣類はもうどうしようもありません。


彼らがウクライナから入国したから難民なのですか?
私は肌の色で差別をしているのではなく、あくまで彼らの行動が信じられず、怒りが込み上げているのです。
このような人たちを助けられるほどの余裕はありません。


状況や善意を利用し、他人の痛みに配慮できない人たちを歓迎してくれる国なんてどこにもありませんよ。

まぁ、ウクライナ人であっても行き先を選り好みする人たちもいますが。
国境の受付で「10分後にブラチスラバ(スロバキアの首都)行きのバスが来ますよ」と言われて、「いや!ウィーンにすぐに行きたいの!」と喚いている人がいました。
ブラチスラバからウィーンまでバスで1時間ほどです。

退避第二波

この一週間で退避してきた人たちはほぼ、国外にいる家族や知人を頼ってきているので、滞在先を確定してきていました。

国境にいた警察官に少し状況について話を聞くと、今は頼るツテがなく、ウクライナを出てきている人たちが増えてきているそうです。

今後はヨーロッパ各国で退避してきた人々の滞在先の確保が重要になってくるのではと思います。
スロバキアは人口546万人の本当に小さな国です。ウクライナの真横の国でも支援には限界がありますので、西欧そして日本でもウクライナの人々の受け入れを検討してほしいと思います。

スロバキア人総出で支援にあたっています。

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